

正しく生きるな、賢く生きよ!:もっと賢く暮らそうょ!
賢人の知恵の著者、バルタザール・グラシアンは、17世紀にスペインで活躍した人物だそうです。今から400年も前に書かれた書ですが、今もなお、というより、ネット、SNS、メディアからの情報が溢れている、今だからこそ、「正しく生きるな、賢く生きよ」という言葉の重みを実感させられます。
400年の昔から、世間に裏切りや偽善があふれていたようです。バルタザール・グラシアンは裏切りや偽善がことを良識ある人々に対して、繰り返し警告していたようです。その一つ「正しく生きるな。賢く生きよ」というのは、一体どうすればいいんだろう?「賢者の知恵」には幾つかのヒントが書いてあるのですが、なるほどなぁ〜と感じたモノは
「トランプでどれを捨て札にするかが勝負の鍵であるのと同じように、人生においては、避けるべき人物を心得ていることが非常に重要だ」
「聡明な人、思慮深い人に出会ったら、そのそばを離れないこと。幸運はまちがいなくそのあたりにある」
というモノでした。私は、「出会い」と言うモノに期待をする、良い出会いをするためには、的な考えが強かったのですが、避けるべき人を心得ていることが重要という意識に欠けていたと思うんです。そして、
「ついていない人からは逃げるにかぎる。悪運は無分別な本人の身から出た錆、しかもその災難は伝染するかもしれない」
の言葉を読んだ時に腑に落ちました。人もそうなのですが、情報が溢れている状況の時は、「避けるべき情報のソースを心得ている事」は、今の時代に重要な事だと思うんです。故意的にファイクニュースをアップしたりする方は、その方なりにフェイクニュースをアップする事がメリットと感じている「何か」がある訳です。このような場合に、その人の事をどうのこうの言うよりは、「避けるべきモノ」と判断してしまえば良い訳です。
島国で単一民族の日本、そこに一億人以上の方が暮らしている訳です。その事が良いも悪いも独特なお国柄を作って来たのですが、ここに来て「日本の暮らし」に大きな変化が訪れています。働き方改革、少子高齢化、格差社会、拝金主義、そんな時に古の「賢人の知恵」が助けになるのか? 日本人の大半が「正しく生きてきた」事を捨て、「賢く生きていく」事ができるのか? 実に興味があります。