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日本では付き合う人を選びましょう:スルースキルが大事なのね

堀江さん、西野さんの著書『バカとつきあうな」、田村さんの著書「頭に来ても、アホとは戦うな!人間関係を思い通りにし、最高のパフォーマンスを実現する方法」など、ようするに、「付き合う人を選びましょう」ということなのですが、そのなかには日本固有で独特の理由があるようです。

 

善意のバカは本当にタチが悪い。バカにもいろいろあるけど、自分がいいことをしていると信じて疑ってないから、なにを言っても耳を貸さない。つまり、バカの中でも止めようのないバカという意味で最悪です。(西野亮廣 本文より)

我慢を美化してしまうケースは、世の中にたくさんある。嫌な上司に付き合うのも、これは我慢だから、社会人としての成長になるんだ、とかね。つまり、バカと付き合うのもいいこと、というとんでもない考え方をしはじめる。(堀江貴文 本文より)

 

最近の「著書:本」は、タイトルが具体的でわかりやすくしているようですが、タイトルだけでは、意味するモノがわからなかったりする訳です。「〜とは付き合うな」といった事が人生の大切なスキルである事をわかっているが、なかなか実際できなかった事には日本独特の文化的な社会背景があるようです。

 

昔から賢者はスルーしていたんです

賢者の知恵という大昔の金言集のなかでも同じような事が紹介されていたり、孔子の言葉「益者三友、損者三友」というモノがあるので、昭和世代〜シルバー世代まで皆さんお判りのはずなのに、なんで今、このような「〜とは付き合うな」的なスルースキルが提唱されるのでしょう? それは、「日本人の大半が成長や結果を重視せず、調和を重視し、その結果、自分らしく生きる人を攻撃する社会となっている事」を、気付かせないようにしてきた方達への革命だからだと思うんです。

 

昭和世代は、目的を達成する事より調和重視の世の中で「結果を出せ」「そこをなんとかしろ」と「無茶ブリ」に耐えながら、組織の中で生き残り、強者となろうとした、強者にならなければならないように社会がしむけていたために、多くの方は組織の暗黒面ダークサイドへ行かざろうえなかった訳です。その結果、暗黒面の力が強くなり、忖度、食品偽装、データ改ざん、パワハラなどの不祥事連発となった訳です。

 

目的達成の為には結果重視

しかし「目的を達成する事より調和重視」という悪環境の中でも「賢者」は暗黒面ダークサイドに落ちる事なく自分らしく生きて、時には異端児としてダークサイドの集団から社会的制裁を加えられる事があった、としても「賢く」生き抜いて、今ではSNSなどので正しく評価され、調和重視の日本でどのように生きていくかの情報を提示しているようです。

 

このような背景から日本のような社会で「賢く生き抜くコツ」として、スルースキルをつける事の大切さが「今」注目されるようになっている訳です。多くの日本人は「忙しく振舞う事」で安心するんです。その由来は我々日本人が元々は農耕民族ことにあるようです。農耕民族は田畑の面倒をマメに見て。五穀豊穣を祈り、収穫したモノを集落単位で分かち合っていた民族です。

 

狩猟民族的農耕民族であるには

その中で一人だけ田畑の面倒を見ないで分け前にだけあやかろうとすれば、怠け者として集団リンチになった訳です。恐ろしいのは新しい農法で「楽して収穫量を増やす技術を生み出した」場合、彼奴はきっとなんがズルしているに決まっていると難癖をつけて村八分にしたりもしていたということです。このように自然にお互いをサボっていないか監視をするようになり、ズルしたり、一人だけ楽して儲けさせないようにした訳です。

 

その名残でしょうか日本人には、「実は暇でも、忙しく振舞っていれば安心」「他人の状況を常に気にしている」「変わった事をすれば、無駄な戦を仕掛ける」といった人が多い、特に地方やネット上ではその色が濃い訳です。このようなケースでは、「売られた喧嘩を買う」「自分は悪くないと主張する」そんな必要は全くないので、上手にスルーする、遺恨を残さぬようにスルーする。スルースキルが必要となると思うんです。

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